Day 12 抵抗に使うか、愛するに使うか

 

 

なにかほんとうにやりたいことに向かうときや、大切なものを愛そうとするとき、わたしたちは膨大なエネルギーを使います。

生ぬるい人生をてきとうに過ごす以外の、「自分の人生」を生きようとおもうなら、それはなおさら大きなスペースを使わなくてはいけなくなる。

自分のもってうまれてきた器から流れ出すエネルギーや、使いこなせるエネルギーが、そこに全て注がれれば、不可能なことはないくらいにミラクルなことは起こり続けると思う。

ところが、もういっこ、同じくらいに膨大なエネルギーを使わなくてはいけないときがあります。

それは、なにか傷ついた自分を隠そうとしたり、辛かった記憶を閉じ込めて蓋をするときにかかる圧力、そして苦しい感情を感じるのが怖いときに、

「何も感じない」ようにグッと抑えるときにかかる負荷です。

 

このときに使われるエネルギーというのは膨大なもので、とても愛したり、すきなものに使ったり、勇気をもって何か価値のあることに取り組むようなエネルギーに回せるような余地がなくなるのが現実。

そして、そんなふうに、たくさんのものを押さえつけるほうに果てしないエネルギーを費やすことで生きているひとが大半なのも、残念だけど現実だと思う。

 

癒しや、変容、つぎつぎと鎧を脱いで本来の姿になってゆくとき

その「重さ」のようなものがごそっと抜ける時間を繰り返し体験してゆきます。

 

ひとつ、重りがはずれたときに、スコンと開いたスペースは、とても清清しく、ああ、もう一度これで何かを愛することができるんだ、という感覚にさせてくれる。

もしも、ぐうっと何かに抵抗したり、辛い感情を感じないようにするために

日々統制をしているような日々を送っているのなら、その足枷を外していくことを勇気を持って自分の人生のどこかに持って欲しいと思います。

 

それは、遅すぎることは絶対になくて、何歳になってもすばらしいギフトをわたしたちにもたらしてくれる。

 

怒りや、辛かった悲しさや、とても受け入れ難い出来事を

もう一度感じていくのは、絶対に2度とあんな辛い思いをするもんか、と抑えれば抑えるほど遠ざかってゆくよね。

でも、その果てしないエネルギーで自分を守ろうとするときの圧力は、どうしたら消えるかというと、その苦しかった感情をそのままかんじ抜いていくことで起こるんです。

 

どんな辛かった感情も、自分がバラバラに壊れてしまいそうになるくらいに圧倒されるような感情も、だいじょうぶ、わたしたちの大きな本質が受け止めきれないものはあり得ません。

どのくらいあり得ないかを言います。

愛がネガティブな感情を溶かしきれないことはあり得ないのは、ちょうど

光の前で影が絶対に存在し続けられないくらいの原理に似ています。

 

だから安心してそれを癒して手放していってほしい。

影をずっと抱えて、光よりも絶対に影が強くあることを信じ、そしてそれを死守するために生きること。それは賢い生き方でない。

光を信じることには勇気こそいれども。

まだ、あと少しは残りの人生が残っているでしょ?たった1日くらいは残されているでしょ?

 

もしもあなたが過去傷ついて許せなかった気持ちをたった1個でも、その傷を守るために膨大に費やしてきたエネルギーを、癒すほうに回せたら、残りの時間全ては、愛することや、喜びを感じることへと行き渡ってゆく。

 

今日も世界でそんなミラクルが、こつこつ1つづつ起こっていることを夏の空高く祈りながら。

 


 

頑なに閉じて、自分を守るために果てしないエネルギーを使っているような気持ちがするなら、まずはそれを守るために愛を使う代わりに、終わらせるために愛を使ってみよう。

最初は簡単ではないかもしれないけど、慣れれば軽くなるのが面白いくらいに、ジャンジャン癒しが起こっていくはず。

ほら、光を当てたら影が消えるくらいにシンプルに。

何かを終わらせるための愛、

今が、愛の、見せどころ。

Tears Cheers,

ティアーズチアーズ!!!

 

 

 

 

 

 

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