Day 15 なにかがほしかったら。

なにかがほしかったら、自分のほうから与えること、とはよく言ったもんだけど、

それってほんとうにそうだよな、と思った今日。

 

誰かからめいっぱい愛してほしいなら、愛する気持ちを知らなきゃいけない。

だから愛することをしないと。

世界から、丁重に扱われたいなら、自分が世界のほうを、丁重に扱うことをする。

誰かに尽くしてほしいなら、自分がそれを同じようにできたら、自然と尽くしてもらえる。

 

結局、相手がどんな想いでそれを自分に与えてくれるのかを

ただ知り、わかることは、素直な感謝につながって、ありがとうの気持ちで受け取ることができるようになるから。

 

今、とことん、山下さん(という、保護者てきにそばにいてくれてる大切なひと。)が自分のことを大事にしてくれるようになって、本当びっくりするほどに日々それを感じていて、

いつから、どこから、こんなに私は大事にされるようになったろう?

と考えてた。

 

何年も前に出会った当初から、caring (気遣いができる)で細やかな気の利く人だとは知っていたが、それは常に自分に向けられるものではなかった。

いつも終わりが来たし、彼の鋭く冷たい、頑なな殻をまとったような、人間じゃないくらいに酷な部分もたくさん見てきた。

それが、温かくて優しくて、本来の思いやりが端々にでるみたいな人柄が、自分に向けられるのをそばで始終見るようになって、それで思ったんだよね。

 

ああ、わたしも、彼のことをこの先の人生、できるかぎり大事にしたいとずっとそう思ってきたと。

それはきっと、いつか届く。

ずっと想い続け、愛し続けて、会えなくとも、裏切られても、

いいんだよね、大事だから。

 

大事にされたいから、大事にするんじゃない。

 

何が起こっても、大事にするから、そう決めているから、

だから最後には必ずそれは何倍にもなって跳ね返ってくるのだと。

 

 

だから今、何かがほしくて、それが足りてなくて、満たされなくて、ほしくて、さらに足りないと感じてるひとも

まずはその欲しいものに向けて、自分がどう、大切にできるかを考えてみよう。

 

見返りのない愛するは、慣れないと怖いけど

ただ愛する、を練習していくと、すべてがそこにあって、満たされていって、そして自分がどこまでも豊かだってことがわかってゆくと思う。

 

ひりひりした痛みも、ずきずきした記憶も

全部抱いて、そして欲しくて欲しくてたまらないのに手に入らないものへ、愛を注いでみよう。

 

最後には、なにもなくてもいいくらいに大好き。

 

そんな風に思えたら、もうそのときには自分はたくさんのものを受け取ってるはず。

 

 


結局は、(感謝)できてれば、最後は人が集まって、助けてもらえるよねェ。

とさらりとそう言ったのはその人望厚い、山下さん。

 

それを聞いて、「自分は果たして(感謝)できていたんだろうか?」
長く、孤独な時間だったけど、今何かがゆるやかに変わったんだろうか。

と静かに自分の内側に問いた私だった。

 

 

 

ありがとうの香りは、チャントメリリー。

めいっぱい感謝して、めいっぱい受け取ろう。

 

Chant merrily – チャントメリリー ”感謝”

 

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