Day 16 上に立ちたくなる理由

誰かをコントロールしたくなったり、ちょっと上から目線でなにかを言いたくなったら要注意。

それは、自分が上であることを示したいからじゃなくて、むしろ逆。

とってもとっても怖くて、自分がちっぽけな存在な気がしていることを一生懸命隠すために、誰かの上に立とうと頑張ってしまってることに気づいていこう。

 

そもそも、わたしたちが人と関わっていくときには、上も下もなくて、ただただ素直に尊敬したり、素直に教えてあげたりすることは起こる。

そういうときに、教えてもらう方が下だとか、助けてあげるほうが上だとか、その誤解こそが本当のコミュニケーションを邪魔してしまうんだね。

 

なにか教えてもらうことは、劣ることじゃない。

誰かに助けてもらうことも、劣ることじゃない。

誰かよりものを知っていることは、優れていることじゃない。
ただ、たまたまものをよく知っているということだけだし、

誰かを助けることもまた、自分のほうがえらいわけじゃない。
ただ、たまたま助ける力を持ち合わせているという、

それだけのことだ。

 

 

それがわかってきて、自分の中に威張った感じがでてきたら、

まずは「わたしは何が、そんなに怖いのかな。何に自信がないんだろう。」

そうやって素直になってみること。

 

できるなら、つい押さえつけようとしてしまう相手にそれを、うちあけてみよう。

誰かより、自分が劣っていると感じるのは、とても怖いよね。

そうすると、つい、相手の粗探しをはじめて、ほらやっぱり、わたしのほうがえらいでしょと、自分を大きく感じようとして、自分も相手も苦しめてしまう。

 

でも、もし自分が何にも劣っていないとしたら?

自分はちゃんと相手と同じくらいに価値があって、安心していてもいいとしたら?

相手をコントロールしたり、自分の思い通りに動かそうとするだろうか。

 

誰かを自分の思い通りにすることで、嘘の自己イメージで立派に感じられても、それは誰をも幸せにはしない。

ほんとうの気持ちに気付いていくことだけが、わたしたちを自由にするよ。

 

 

逆に誰かが自分よりいつも、上に立とうとしてきたり、思い通りに動かそうと必死になってきたりしたら、この原理を思い出してみよう。

惨めな思いや、辱められるような気持ち、なんで馬鹿にされるんだろうと憤る思いが色々出てくるところから、

(そうだよな、きっと自信が無いんだよな。)

と気付いてあげること。

 

そして、不満や怒りを感じる代わりに、心からこう感じてみよう。

 

「あなたも私と同じくらいに価値があって、安心していいよ」

「あなたは何も劣ってなんかないよ。素敵だよ」

 

相手の恐怖や不安や自信のなさに、いつも愛とエールを送り続けることができれば、人間関係はうんとスムーズになる。

 

そこには、上も下も、優も劣もない、愛がある世界。

 

グッドラック👍

 

 

 


 

自信がなくて、コントロールを握り締めたくなったら

無条件に愛される、無条件に価値を感じられる

にねを使ってみてね。

Néné -にね “娘”

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