Day 26 依存を手放すことの大切さ

本当に本当に大好きで、必要で、支えで、愛していて、なにがなんでもそばにいてほしい人がいるときの

あの、寄りかかりすぎてしまうときの恐怖って、たまらないよね。

世間ではそれを、「依存」と呼んだりする。

 

いろいろなことに依存して生きているわたしたちだけど、障害をもつお医者さんの言葉でむかしからずっと納得しながら、いまもなお
リアル人間関係で模索し続けている言葉があって、それは

 

「自立」というのは、依存先がたくさんあることを指す。

というもの。

 

わたしたちは、ひとりで何でもできて、生きているように見える。

でもそれは本当は、目に見えないたくさんのものに支えられて、「依存」して、そして、だからこそ「自立」していられるんだってこと。

 

1個に集中していないだけで、いつも買うと安心するお茶があったり、なんとなく心細いときに立ち寄る公園があったり、ここでご飯たべると元気がでるから、弱ったときに行くお店とかあるでしょ。

 

これって、「依存」と呼ばないだけで、きっとみんなにとっても

”なくてはならないもの”だと思うんだ。

 

パートナーシップや恋愛で、好きで、好きで、執着しすぎて焼けつくような苦しさや、自分がどんどん重たくなっていくのがわかりながらも

不安でいてもたってもいられないとき。

絶対に無くしたくないものほど、失う恐怖といったらそれはもう

「依存」と呼ぶにふさわしいような地獄で

そんなときに、相手になにもかもを求めてしまいそうになったり

全部自分が不安な部分を埋めてほしいと感じてしまったり

全部、自分の思う通りにすれば

 

その不安て消えると錯覚してしまうかもしれない。

 

でも、逆の立場になって、誰かがどれほど自分のことを愛していたとしても、どっぷりと依存されて、何もかもを求められて、全てがんじがらめに一挙一動を縛りつけられたら、どうだろう。

 

その相手のことをそれでも、かわいいな、大好きだな、ずっと一緒にいたいなと感じられるほど、それは軽やかだろうか。

 

 

誰かに依存してしまうとき、わたしたちはどんどん本来の魅力を失って、人が変わったように執着し、とても自分って素敵だなと思えるような状態からかけ離れてしまう。

なぜなら、わたしたちには、上に書いたような「自立」するための

たくさんの「愛するものからの支え」が必要な代わりに、

それがあるときは、しっかり何とか立ちながらも、

なお「自分の姿」でいられるから。

 

自立は、誰にも頼らずに、ひとりで生きていくことだと誤解していると思う。

そして依存は、誰かに頼り、誰かがいないと生きていけない状態だと思うと思う。

 

でも、そうじゃないんだ。

自立は、健やかな依存の上に成り立っていて、

そして何かに寄りかかるだけの依存は、自分も、誰をも幸せにはしてくれない。

 

とても大事で、愛していて、そして寄り掛かりたくなって、不安が爆発しそうになったら

ただその痛みをくぐりぬける気持ちで、手放してみよう。

 

最初は、「それがなくては死んでしまう」くらいに、本当に生死に関わるくらいにそれは、大事な感じがして、

ぜったいに、魅力なんて消えても、愛が消えても、

それでもいいから何が何でも離さないと

頑として動せない感じがするかもしれない。

 

でもね、全部失ってごらん。

 

 

何もかも

それがなくては生きていけないくらいに愛している人を

ただ、勇気を出して、手放すんだ。

 

するとね、依存のたまらないヒリヒリした痛みや地獄の終わりの岸の果てに

何もない、静かな場所が

訪れると思う

 

そこには、ズタボロになった自分と、もしかしたら本当に、

絶対に失うまいと握りしめていた大切な誰かも、何かも、なにひとつ無い

真っ暗な場所かもしれない。

 

 

でもね、愛はそういう場所からしか、生まれないんだ。

偽の、依存しあった関係は、どこまでも、どこまでもわたしたちの深い部分を傷つけて、修復するのがとても大変で取り返しがつかなくなるくらいに、えぐって、汚して、そして

もともとあったはずの愛を

全部、歪めてしまう

 

 

だから、愛してる感覚や、愛されてる感覚がほど遠くなって

そしてしがみつき、寄り掛かりたいような感覚が強くなってきたら

ただ手放し、そして愛してる感覚、どんなだったっけかと

思い出せるまで、全部を手放してみよう。

 

 

依存し、自立し、また依存し、自立し、そして依存し、

それはそのうち、背中合わせであり、そしてだれもが支え合っていきていかなければいけない世界なんだとわかってくるはずだから。

 

 

痛いレッスンもこの人生にはいっぱいあるかもしれないけどね、しっかり学び終えるほうがいいよ。

なぜなら、その先に、必ず本当に誰か大切なひとと支え合いながら関わることができる、愛を経験するステージが来るから。

 

ウチに秘めたり、なかったことにしたり、2度と誰も愛さないとしたり、

誰かを脅迫してまでしがみつき、寄りかかったままでは

決して本当の意味で、愛し合うところに辿り着けないから。

 

 

わたしが最も依存しては手放し、依存しては手放しを繰り返し、いまなお関係をアップデートし続けている相手。

 


 

 

手放しはね、日々刷新していくときに避けては通れない日常のプロセスだけれど、大きな大きな大事なものを手放すときは、それはそれは痛いよね。

でも、そんなときほど愛のみせどころ。

上の息子のレッスンのように、依存を手放していくことは

必ずしも『実際の関係』を失うとは限らない。

だから安心して、

よりかかった感覚を、手放してみてね。

Tears Cheers, -ティアーズチアーズ “手放し”

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