もっとも高く広い空と、地面をつなぐ

脈々と受け継がれてきた「文化」というものは、決して簡単に変わったり翻るものではない。

言語も同じで、何百年、何千年とかけて育まれてきた癖や習慣は、個人レベルではないため明日明後日で改革して、【今年から文脈を少し削りました!この言葉は今後みなさん使わないように!】

と政府が打ち出すわけにもいかない。

 

それなら、本当にそれが、たとえ、はちどりのひとしずくであったとしても

「個人の意識」や、「個人の経験」

実際に、それぞれ個々が、はっとさせられるような気づきをひとつ、またひとつと体験していきながら、

その小さな種がやがて、数十年後に大きな規模の変化につながってゆくように

目の前の種まきをしてゆくしかないのだと思う。

 

でも、目の前だけ見ていてもダメで、

ものすごく大きな高い視点を見つつ、今この瞬間に起こる目の前の、もっとも地面に近い場所の視点を持つこと。

それをつねに、引き離さずにくっつける作業を延々と繰り返す

 

 

それは果てしなく、なんの約束も保証もなく、かなしいほどに無謀な旅だけれど

世界中でそうやって、誰も何も右も左もわからぬうちから水面下で改革をし続けてくれた先人たちがずっと世界を支えてきてくれたから、

だからわたしたちの生きている場所は破壊を再生を繰り返しながら、進化してきたのだとそうおもうから。

 

 

その一旦を責任をもって担う。

 

わたしは日本に生まれてきたし、同時にこの国のために、

日本にとどまらない感性を持って生まれてきたよねえきっと。

 

発達障害の子たちも、続々生まれてきてきっとその日本の固定観念を壊すために日々奮闘してるとおもう。

 

 

寒い朝に首巻きに山下のパジャマを巻く女。

 

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