12-5-2021 記録
[なんでそれ今決めなきゃいけないの]
うんざりした顔でそういった山下さんに、
一生懸命その仕組みのことを伝えようとしたけど、彼は答えを出そうとしなかった。
自分が自分の首を絞めて、ずっと延々とその苦しさの中にいて、
誰が助け出そうとも意地でもそこから動かなくて、それが自分で引き起こしてるんだってことも。
目に見えないチャレンジや、目に見えない変化のことは
目標設定がしづらい。
でもそれだと、「苦しいけど、どうしていいかわからない」止まりで、どこにも行けないんだよね。
もう本当に長い間彼の苦しむ顔を見てきて、それは「わたしを苦しめてしまう」苦しさも含まれていて、
二人とも限界まで来ていて、なんとかそのことを伝えようとわたしは必死になった。
最初は、休みたいと言った彼に、
「休むのは構わない、構わないけど、戻ったあとにどうするかきちんと考えよう」と言い続けた。
でも、彼の中では、とにかく疲れてわからないから、「休みたい、わからない」の一点張りで
休んでも結局、何が起こってるかを理解していなければ、またもとのもくあみに戻ってしまうことがなかなかわかってもらえなかった。
今までセラピストとして苦しい局面を乗り越えていくみんなをたくさん見てきたけど、
「苦しいけど、どうしていいかわからない」の人は、どれだけ手をひいても、どこにも向かえない。
行き先が無いからだ。
そして、
「苦しいけど、どうしていいかわからないけど、乗り越えたい」の人は、あと一歩というところにいて、
「苦しいけど、どうしていいかわからないけど、乗り越える」と言えた人は、ようやく楽になれる場所へと向かう腹がくくれたことになり、これで9割仕事が終わることになるのだ。
わたしやタオくんが、心をひとつにしてみんなで乗り越えようね。と言いながらたくさんの人の力を借りて、一点に向かって進むのに対して
山下さんだけが、「どこにいけばいいのかわからない」と言い続けていた。
「もう疲れたから、終わりにしたい」で自由になれる道もあったけど、それを過去繰り返してきた彼にとって
その選択肢も有効ではなく、
「疲れたけど、休んでもう一度しきりなおして、乗り越える」
にもコミットできない。
「疲れたから、休む。」「がんばる」
それだけが彼の中の答えで、その「がんばる」は彼を迷路の中に閉じ込めていた。
頑張れば頑張るほど、しあわせから遠ざかり、やりたいことから遠ざかり、彼が頑張れば頑張るほどみんなを苦しめてしまう。
そのジレンマを、今壊すことをしなければ、関係ごと壊れてしまう。
長年見ていて胸が張り裂けそうなくらいに苦しみ続けてた山下さんに、わたしは真正面から挑むしかなかった週末だった。
自分が、「乗り越えること」にコミットすることが、唯一わからない場所から抜け出せる方法だということをなんとか伝えようと、
「終わりにする」か、「一緒に乗り越えるか」の2択を迫ったわたしに、
跳ね除けるようにして
いやそうな顔をして
「なにそれ、今決めなきゃいけないの」
と最後までそう言った山下さんに、わたしはこう言った。
「あのさ、みんなで何かをがんばってるときにさ、うまく行ってるときは、目的地なんて決めなくたっていいんだよ。なんとなく、楽しく、いい方向に一緒に行こうって思えるから。わかんないけどただ一緒にいたい、でいい。
でもさ、チームで何かをしようとしてて、苦しいときや辛い時や、壁にぶちあたるときが絶対に来るじゃん?
そういうときに、なんとか乗り越えて”そこ”に行こう、がないと、ぜったい頑張れないんだよ。
苦しくて辛いからみんながバラバラになっておわるから。
つらくて絶対、辞めたくなるから。
「どこに向かう」かが最後確認できれば、みんなでそこに向かえて、乗り越えられる」
それを聞いた山下さんは静かに、「休んで、戻ってきます」とポツリそう言った。
それは、(乗り越えます)という意味の、辛い局面にきたときのはじめての決意だった。
半年間ノンストップで走り続けて遂に八方塞がりとなった場所に、小さな音を立てて風穴が開いて
憑き物がどさっと落ちたようにわたしは大きく息を吐いて、
「着替えてきます」とすっくと立ち上がった。
ガチガチに固まって、もうそのままわたしたちの関係は、化石みたいに命の温もりを失ってしまうかと思うような
長く続いた激しい緊張が、彼の中からも同時に抜けたのがわかった。
彼は、彼の中の、何度チャレンジしても登れなかったエベレストより高い山を越えたのだ。
話し終えたときに疲れすぎてわたしはそのまま床で気を失って、気づいたら山下さんもソファで眠っていて、奇妙な時間だった。
胸くそのわるい喧嘩のあとの、居心地がひどく悪いような、喧嘩が終わってほっとするような、焼け野原の上の安寧のような。
わたしは重たい身体を引きずって、ソファで眠る山下さんの横にぴたりくっついてまた眠った。
長らく不毛だった戦いは、短い眠りの間に、実のある時間へとシフトしたようだった。
○
そのあとわたしとたおくんは、しばらく山下さんに連絡をしないことにして、
そして「ゆっくりおやすみしてね」とたくさんハグをして、何度も愛してるよと言って、
その夜穏やかに送り出すことができた。
苦しくて、どこに向かえばいいかわからないとき。
わたしたちはどこかへ向かうのを諦めてしまう。
でも、苦しくて、どこに向かえばいいのかわからないときこそ
わからないけれど、この場所を抜けて、乗り越える。
とその地点に自分の意識をアンカーさせていくことが、ほんとうの変容を生み出していく。
ただ時間がゆるやかに経過するごとに、解決に向かったり
やさしく癒えていく場所がある。
そして同時に、自分達の意思をもって、難しい局面を勇気を持って乗り越えていかなくてはいけない場所がある。
1つになって、そこに向かう。