ただ自分が、自分のことを

https://blog.the-nene.com/2023/03/01/8113/

本当の意味で自分を許してあげること

 

まいさんが送ってくださったこのメール
とても心に響いて…

送って頂いてからずっと、読み返してます

そういえば私はいつも、自分で自分を許してこなかったと…
それをいつも人任せにしていたことを思い出しました

すぐに蘇ってきた記憶が、昔母に怒られて、
「ママ、ゆるして、ゆるして…」って泣いていたこと。


母に嫌われたら、母に許してもらえなければ自分には何もなくなってしまうと…
ものすごく怯えていたのを思い出しました。

私はずっと親に許してもらいたがり、
恋人に許してもらいたがり…

自分を許すのはいつも自分でなく、
他人任せでした…

だからもう、そろそろ、
私は自分で自分を許してもいいんじゃないかと思うのです…
それでも、この期に及んでも、まいさんに言ってもらうまで人任せにしようとしてた…

誰かが愛してくれるからじゃなく、
誰かが大丈夫と言ってくれるからじゃなく、

ただ自分が、自分のことを
何者でもない自分のことを
認めて、許してあげられたらいいなと…思います

まいさん、いつもありがとう

 

 

わたしね、バラは好きだけど、育てるのは苦手だったんだ。

とげがあるし、なんだかよくわからないし。

でもまいの魂の双子は、昔からバラを育てていて、彼の話しぶりからそれがとても上手なのがよく伝わった。

出会って数年後に、四柱推命でお花に例えるやつで自分がお花に例えるとバラだったことを知った時、
そっか、まいはバラだから、だから彼はまいを好きになったのかな。とそう思った。

だからわたしは、自分ちにあるバラを、彼に育ててもらいたかったの。

自分はバラで、でも上手にバラを愛せないし、育てられないから、ずっと彼を必要としてた。

そして、最後、本当にその魂の双子と一緒に生きたいと思ったときに、それだとダメだったことに気づかされたんだよね。

それからせっせとわたしは、彼が言っていたとおりに、
厚いグローブをはめて、重たい苗をよいしょと引き抜いて、ひとりで土を替えて、
自分で、バラを育ててみようとそう思った。

 

そのことを、ほんとうの意味で自分を愛することなんだな、とようやく気づいて、

それは、自分を許すことと同義語で、
そして、それが自己統合とよばれるもので

ほんとうに愛しているひとと、本当に愛し合うための
最後の関門だったんだということを知ったよ。

 

本当に信頼できて、ぜったいに自分を肯定してくれる人が

ずっとそばにいいることや、

何があっても愛してくれるひとがいることは、そんなに素晴らしいことはないし、だからこそ大切にしたいと思うかもしれない。

 

 

でも最後は、結局わたしたちはひとりで立っていないといけないんだと今は心底そう思う。

 

ひとりで生きていくためではなく、

愛する人と共に生きていきたいから。

 

ただ共に生きるだけなら、相手の言葉に依っていい。

でもそうじゃなく、

本当に相手の幸せを望み、そしてまた同じように、本当に相手が望んでいる「自分が幸せであること」がそこにある、尊い無条件の愛に包まれた人生

 

そのためにね。